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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9776号 判決 1975年10月16日

原告

汐見信

原告

汐見きみ

原告

清水喜久子

右三名訴訟代理人

松尾翼

外五名

被告

白土茂

被告

瑞商株式会社

右代表者

白土茂

被告

泰明製薬株式会社

右代表者

白土茂

右三名訴訟代理人

安達幸衛

外一名

主文

1  被告白土茂は、原告らに対し、昭和五一年九月一四日の経過とともに、別紙物件目録記載(二)の建物を収去し、同目録記載(一)の土地を明渡せ。

2  被告瑞商株式会社及び同泰明製薬株式会社は昭和五一年九月一四日の経過とともに、原告らに対し、それぞれ前項記載の建物から退去し前項記載の土地を明渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地が原告らの共有に属すること、原告らと被告白土間に、本件土地につき原告らを貸主とし、被告白土を借主とする賃貸借契約が存続していること、右賃貸借契約における賃借権の存続期間は、昭和五一年九月一四日をもつて満了するものであることは、当事者間に争いがない。

原告らは、本訴状の送達(被告白土に対する訴状送達の日は昭和四七年一二月八日であることが記録上明らかである。)によりあらかじめ右賃貸借契約の更新を拒絶するとして本訴を提起し、被告らに対し、右期間の到来により本件土地を明渡すべき旨の判決を求めるから、かかる訴が許されるかについて検討する。

1 借地上に建物が存する場合の借地契約の更新については、契約当事者の合意によるほか、借地法四条が、借地権者において積極的に契約の更新の請求をし、土地所有者において遅滞なく述べた異議に正当の事由がないときを、また同法六条が、借地権の消滅後借地権者が土地の使用を継続する場合において、土地所有者が遅滞なく述べた異議に正当の事由がないときを定めているところ、右正当の事由の存否を判断する時点は、契約更新の成否にかかわるものであるから、右の遅滞のない異議の申出という要件と相まつて、契約期間満了に接着した異議申出の時点でなければならないことはいうまでもない。従つて、存続期間の満了前にすることが許されるものと解すべき同法四条所定の更新の請求もできるだけ期間の満了により借地権が消滅する時点に接着してなされるべきものと解するのが相当である。けだし、これが期間満了の時点より著しく早い時期になされるときは、土地所有者としては異議を述べるべきか否かの判断に迷うことになるからである。しかしながら、右の更新の請求が期間満了前、これと接着しない早い時期になされた場合でも、土地所有者の側で期間満了の時点において更新を拒絶する態度が明確かつ強固であるときは、借地権者のする更新の請求に請求としての効力を認め、土地所有者のした異議につき、その当否を判断することも許されるものと解するのが相当である。もつとも、右の場合には、期間満了の時期は後に到来するから、異議の当否を判断するに当たつては、申出の時点から満了期までの諸事情に変化がないか否かまでを考慮し、慎重になされなければならないというべきであろう。他方、債務者の言動その他の事情によつて、将来、債務の履行期が到来しても、債務者において債務の履行をしないおそれがあることが現在においてすでに予想されるときは、債権者は、その給付義務の主張が口頭弁論の終結時までに現実化されない請求であつても、あらかじめ訴によつてこれを主張することが許されるのであつて、かかる将来の給付の訴は、将来、借地の存続期間が満了するに当たり更新拒絶に正当の事由があるため、土地明渡の義務が現実化するという事案においても、その要件を備えるかぎり許されるものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、被告白土が本件土地賃貸借契約につき昭和四六年一一月二九日、東京地方裁判所に対し、原告らを相手方として建物所有の目的を非堅固建物の所有から堅固な建物の所有に変更する旨の借地条件変更の申立をしたこと、右事件が現に係属していることは当事者間に争いがなく、原告らが同事件においてこれを争つていることは、本件における原告らの主張に照らして明らかである。

2  ところで、右申立は、直接には被告白土が原告らに対して本件賃貸借契約の更新を請求するものではないが、借地権の残存期間からして、当然に従前の存続期間の満了後も本件土地を継続使用することを前提とするものであつて、他方、右事件の審理が対立当事者構造をとつていることにかんがみれば、右申立により被告白土において原告らに対し、借地法四条に基づく更新請求をしたに比すべきもの、もしくはそれ以上のものと解すべきである。そして、原告らは右申立を争い、右事件の係属後に本訴を提起して契約の更新を拒絶する意思を明らかにしているのであるが、右被告らのこの点に関する主張は理由がない。

3  また、被告らは、第二次訴訟において原告らは本訴請求の原因と同じく更新拒絶を理由とする賃貸借の終了を予備的請求の原因として主張したところ、右訴訟は裁判上の和解により終了したが、その際、被告白土は示談金を支払い、地代の値上げを認めたに拘らず、再度同様な請求の原因により本訴を提起するのは、信義則に反すると主張する。<証拠>によれば、第二次訴訟の予備的請求の原因として主張する内容は被告らの右主張のとおりであつたことを認めるに足りるが、<証拠>によれば、右請求の原因の主張は、本件賃貸借が右裁判上の和解成立前の昭和四三年一〇月二一日をもつて期間満了により消滅したことを理由とするものであつて、本訴請求の原因とは終了の日時を異にするのであり、本訴は右和解によつて定められた存続期間の満了を理由とするものであるから、本訴でこれを主張することは何ら信義則に反するものではない。従つて、被告らの右主張も理由がない。

二そこですすんで、原告主張の更新請求に対する異議の正当事由の存否について検討する。

1  本件賃貸借の経緯

<証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地は、原告ら先代儀兵衛が大正一二年に訴外林甲子太郎に対し期間を二〇年と定めて賃貸し、当時甲子太郎において建物を建築したが、同年九月の秋震災により建物が焼失したところから、甲子太郎は昭和三年に至つて新建物を再築し、その際、改めて儀兵衛と甲子太郎との間で期間を二〇年とする賃貸借契約が締結されたこと、昭和一四年に甲子太郎が死亡し、その子林澄子がこれを相続し右賃借権を相続したが、昭和二〇年に右建物が戦災により焼失したこと、澄子は戦後も右土地を借地人として使用してきたが、昭和二二年には被告白土がこれに本件建物を建築して居住するようになつたこと、昭和三二年八月、儀兵衛が死亡し原告らが相続人として賃貸人の地位を承継してから、原告らと被告白土との間に借地権の存否について紛争を生じ、原告らは、昭和三三年に被告白土を相手方としてその不法占有を理由として第一次訴訟を提起したところ、被告白土は、昭和二一年八月に前記澄子から賃借権の譲渡を受け、これにつき儀兵衛の承諾を得た旨主張して争い、原告らは第一、二審に敗訴し、昭和三八年一二月二四日最高裁判所において上告棄却の判決が言渡されて確定したこと、その後、昭和四一年五月、原告らは東京簡易裁判所に被告白土を相手方とする本件建物収去土地明渡の調停の申立をしたが、不調に終つたため、同四二年に原告信が原告らの選定当事者となり、本人訴訟として第二次訴訟を提起したことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。そして、右第二次訴訟において昭和四五年七月八日、原告主張の条項による裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがないところ、その後、昭和四六年一一月に被告白土から原告らを相手方として東京地方裁判所に借地条件変更の申立がなされ、これが係属中に原告らから本訴が提起されたものであることは、さきに判示したとおりである。

2  原告側の事情

(一)  原告ら先代儀兵衛が戦前本件土地附近(<証拠>によれば、その店舗は別紙原告ら所有不動産目録1の土地上にあつたことが認められる。)でおはぐろの製造販売を営んでいたが、昭和一四年に戦時下の禁止令にあつて営業を廃止するに至つたことは当事者間に争いがなく、<証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、原告信は、右のおはぐろの製造販売が汐見家の江戸時代からの家業であり、父儀兵衛が東京薬学専門学校の卒業生であつたところから、長男としてその跡をつぐため薬剤師の資格を取得すべく、昭和一九年に同校に入学し、これを卒業して薬剤師の資格を得たこと、同原告は右卒業のころ、当時戦災のため焼野原になつていた儀兵衛所有の本件土地で医薬品卸業を開業すべく、準備にとりかかろうとしたが、前示の借地人林澄子から罹災都市借地借家臨時処置法による借地権を主張されて、関業計画が実現できず、公務員として厚生省に入り、国立衛生試験所に勤務することとなつたこと、その後、同原告は本省に移り、薬務局で勤務をしていたが、最近は本省人事で埼玉県に移り、同県衛生部薬務課長として勤務していること、原告らのうち、原告きみは儀兵衛の妻であり、また、同喜久子は原告信の妹であつて訴外清水武良に嫁していること、原告ら先代儀兵衛は戦後も前記横山町の土地で薬種商を営んでいたところ、昭和三二年その没後は右営業を受けつぐものがなく、廃業するに至つたが、原告信は家業を再興する意思を有しており、昭和三三年に第一次訴訟を提起した際にもその旨主張していたこと、同人は大正一五年六月一七日生れで、本件賃借権の存続期間が満了する昭和五一年九月には五〇歳に達すること、以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。また、<証拠>によれば、原告らは、右期間の満了によつて被告らから本件土地の明渡を受けえられた場合の準備として、株式会社組織による医薬品等の卸販売、輸出入等の営業を開始すべく、金銭機関に五〇〇〇万円の資金融資の確約を得て、本件土地に五階建てのビルデイングを建築してその営業社屋とする一応の計画を立てていることが認められる。もつとも、原告信が昭和五一年頃に埼玉県ないしこれより厚生省に復帰した場合に同省から退職するよう迫られるとの点については、これと同旨の同原告の供述は、その地位や経歴に照らして必ずしも全面的に採用することができない面がある反面、原告らが原告信の勇退による退職時期を強調するのは期間満了の時期と関連づけるための主張の便宜からであつて、同原告の年令や経歴からすれば、むしろ、昭和五一年の期間満了の際本件土地の明渡が得られれば、右のような事情があると否とを問わず退職して医薬品の卸販売業務に従事したいというのが少なくとも原告信の真意であると認められるのであるが、いずれにしても、同原告が早晩公務員として退職の時期を迎えることは必至であり、この事情は十分に考慮に値するものというべきである。そして、右の事実関係によれば、原告ら、殊に原告信としては公務員の職を退いた暁にはその希望の医薬品卸販売業務に従事するのが、汐見家の年来の家業、本件訴訟までの経緯と同人の経歴資格からみて適切であり、同原告の意思もまたこの点において強固であると認められる。

(二)  ところが、原告らは、本件土地以外に別紙原告所有不動産目録記載1ないし8の土地または建物を所有していること(但し、3、4の共有者は原告喜久子ではないが、その共有者の一人汐見美江子は<証拠>に照し原告信の妻であると推認される。)、9の建物を原告喜久子の夫清水武良が所有していることは、当事者間に争いがないから、原告らが前記営業をするについての本件土地の必要性を検討する。

(1) <証拠>によれば、本件土地の存する日本橋本町一帯は、江戸時代初期に町割りが行なわれた際、薬品問屋の組合がこの地に割り当てられて以来、薬品問屋街として発展してきた地域であつて、第二次大戦末期の戦災によつて一時的に離散したことはあつたが、戦後もまた、右日本橋本町、日本橋室町、山手線の外側にこれらの区域と隣接する神田一帯がそのような地域として形成されるようになつて、最近(昭和四八年度)では、東京都医薬品卸協同組合の組合員六四名の約半数がこの地域に本店ないし営業所を有しており、また、武田薬品工業株式会社、三共製薬株式会社等の大規模な薬品メーカーもこの地域に販売部門を置いていること、かように日本橋本町一帯に医薬品卸商ないし医薬最メーカーの販売部門が集中するのは、それにより小売商に対して商品の安定供給が可能となり、また小売業者から需要量の少ない薬品の注文があつた場合にも、卸商の間で有無融通し合つて顧客の要望に応えることができるという利益を有するためであり、他方、顧客となる地方小売業者に対する関係では、この地域に店舗を持つことにより強い信用力を持つことができ、営業上極めて有利であることを認めることができる。以上によれば、原告らが本件土地の所在する日本橋本町に強い執着をもつのは、その目的とする営業の種類からしてもつともといわなければならない。

(2) 次に、原告ら所有のその余の土地の利用の可能性についてこれを見ると<証拠>に口頭弁論の全趣旨を総合すれば、別紙原告ら所有不動産目録1、2の日本橋横山町所在の土地、建物は、本件土地から約一キロメートル前後の場所にあるが、原告喜久子の夫清水武良が代表取締役となつて経営する株式会社松正が繊維問屋を営んでいるため(三階は原告きみの居住部分)、現状では新たに医薬品卸商を開業する余地のないこと、右土地を利用してビルデイングを建築し共用することが可能であるとしても、同地域はもともと古くから繊維問屋街として発達してきたため、原告信の目的とする医薬品卸商を営むには地域の特性を全く異にしていて営業に不適であること(原告ら先代らが同地において古くからおはぐろ問屋を営んできたことはさきに認定したところであるが、<証拠>によれば、おはぐろは厳密には化粧品の系統に属し、原告信が主要な営業目的とする医薬品とは異なることが認められる。)、同3、4の目黒区柿の木坂の土地、建物はいわゆる住宅地域にあり、現に原告信夫婦の居宅となつていること、同5の江東区毛利の土地の一部は一〇数名の者に借地として賃貸され、またその一部にある同5のアパートは各部屋が他に賃貸されているほか、その余の約六一〇平方メートルの空地部分で原告らは駐車場を営んでいるが、右土地一帯は、医薬品販売業を営む立地条件として甚しく劣ること、同7、8の土地は、その中に本件土地を含む一団の土地であるが、現在はこれを一部ずつ被告白土を含む七名の者に賃貸しており、そのうち二名は鉄筋コンクリート造りのビルデイングを有するが、被告白土以外の者との間では明確な賃貸借契約書が取交されていて原告らとの間に紛争がないこと、本件建物の東隣りの一軒を隔てた土地部分は、その隣接部分を原告らから賃借している株式会社いかやビルの専務取締役荻野幸正において、昭和三八年に原告らから賃貸し、これを駐車場として右ビルの貸主の一人に使用せしめているものであるところ、右駐車場部分は本件土地とほぼ間口や面積を同じうしていて原告らの計画するビルデイングを建築することも可能であるが、右部分については、原告らと荻野との間で、荻野ないし右株式会社いかやビルにおいて前記ビルを拡張する際にはこの土地部分をその敷地に使用しうる旨の合意が成立し、ために右駐車場部分の賃貸期間は三〇年間とする旨の約束となつていること、しかも、右いかやビルにおいて原告らにこの部分を返還することは貸事務所としての前記ビルの生命を失う結果となり困難であること、9の建物は7の土地上に存し、清水武良が原告喜久子ら家族とともに居住しているものであるが、建物の敷地面積としては一〇坪程度を利用できるにすぎず、また建物の面する道路の巾員が五メートル巾にすぎないため、商品運搬車からの荷物の積下しが困難であること、これに対して、本件土地の面する道路は巾員一一メートルであつてこれらのことが可能であること、以上の事実を認めることができる。

3  被告白土の事情

(一)  被告白土が本件土地に堅固な建物を建築することを前提にして、昭和四六年一一月二九日、東京地方裁判所に対し、借地条件変更の申立をなしたことは前判示のとおりであるところ、<証拠>によれば、被告白土は、右申立が認容されたときは、本件土地に地上八階建てのビルデイングを建築したうえ、これに同被告がいずれも代表取締役となつている、被告瑞商株式会社及び同泰明製薬株式会社が入居して事務所に使用し、被告瑞商株式会社は医薬品、工業薬品及び鋼材販売の営業を行なう予定であること、同泰明株式会社は医薬品の販売を行なう予定であること、その余の部分はこれを貸室にすること等の計画を明らかにした書面を前記非訟事件の裁判所に上申書として提出していることが認められる。

(二)  そこで、現在における本件建物の使用状況と右両被告会社の活動状況についてみてみると、<証拠>によれば、被告白土は、当初本件建物に居住していたが、後には練馬区桜台に、その後は目黒区東山の肩書住所に移転して、本件建物には居住していないこと(現に被告白土が居住していないことは当事者間に争いがない。)、本件建物には被告泰明製薬株式会社の製品が保管され、その他に事務所部分や畳敷きの部分があるが、居住者はいないこと、被告泰明製薬株式会社は、おそくとも昭和三八年には設立されていて、薬店で一般家庭に販売する栄養剤を川口市上青木町にある後記の工場で製造し、これを販売していたが、八、九年前から休業状態に入つて、右川口にある工場は電気配線も取り外してしまい、以来会社としての活動をしておらず、本件建物に保管されている前記薬品は操業時代の製品の残りであること、被告瑞商株式会社は医薬品、化学薬品、工業薬品、食料品の販売、鉄銅品の販売等を目的として昭和四二年四月に設立された会社であつて(昭和五〇年四月に会社の目的として不動産の売買及び賃貸並びに管理が追加、登記された。)、現実には一般家庭向けの栄養剤やメーカー向けのビタミン剤の原料の卸売を業としていたところ、昭和四六年以降は右の営業を取りやめ、現在は鋼材を第一次問屋から仕入れて注文主に販売することを業務としていること、右営業にあたつては本件建物を商品の倉庫に用いるわけではなく、被告白土において注文をとり品物は問屋から注文主に直接届けられていること、右営業については、昭和四七年末頃まで二人いた従業員も退職し、現在は被告白土が妻の手を借りて二人でこれに当たつていることが認められる。<証拠>もつとも、右営業の規模については、<証拠>によれば、被告瑞商株式会社は昭和四七年四月から同四八年三月までの間に法人税を納付するだけの収入を挙げていないこと、<証拠>によれば、被告白土本人がその尋問に当たり鋼材の仕入先ないし販売先として供述した第一次問屋ないし顧客の店舗名、住所には該当の者が存在しなかつたことがそれぞれ認められ、同被告会社がどの程度の取引を行なつているかについては疑念なきを得ない。

(三)  次に、被告白土の資産状態等についてこれをみるに、<証拠>によれば、同被告は、昭和三八年に川口市上青木町五丁目六五八番一公簿上の地目畑三三三平方メートルの土地を購入して更地として所有するほか、その近くに長男名義で購入した五一一平方メートルの土地とその土地上に従前被告泰明製薬株式会社が工場として使用していた床面積349.91平方メートルの長男名義の建物が存在すること、同被告は右のような不動産を除き、現在、預金、現金、有価証券類を合わせて一億円近くの資産を有すること、その家族として、現在本人、妻、長男夫婦の外娘があるところ、長男(二六歳)は大学卒業後昭和四七年までは被告瑞商株式会社の事務に従事していたが、現在は他の会社に勤務していること、娘(二七歳)も短期大学卒業後、昭和四八年から他の会社の経理係に勤めていること、しかし、前記申立にかかる借地条件の変更が認められてビルデイングを建築した暁には、同人らも同被告と協力をして事業を拡張する予定であること、以上の事実を認めることができる。

4  その余の原告主張の事情

原告らは、原告らと被告白土との間には本件賃貸借についての信頼関係が失われているとして、被告白土の非違につき種々主張するので、その主張について検討する。

(一)  まず、原告らは、前示裁判上の和解によつて定められた賃借権の存続期間は被告白土が右約定の期限に必ず本件土地を明渡すとの趣旨で合意されたものであるという。しかしながら、右の趣旨はもとより本件和解条項(成立に争いのない乙第一号証)上これを認めることができないだけでなく、<証拠>を総合すれば、第一次訴訟の判決において、さきに1で認定した経緯により本件賃貸借の始期は昭和三年、期間は二〇年の約定であり、罹災都市借地借家臨時処理法の適用によりその存続期間が昭和三一年九月一四日までとなつたところ、その満了の際法定更新がなされたものと認定されていたところから、右判決確定後の第二次訴訟法においても、被告側は、右更新の結果、存続期間の満了日は昭和五一年九月一四日となつた旨の主張をして、昭和四三年一〇月二一日かぎり期間が満了したとする原告信の主張を争つたこと、右第一次訴訟の判決確定後、原告信は敗訴をやむなしとして被告白土に対し契約の存続期間の明確化と賃料の値上げを強く要請したが、被告側との折衝が円滑に行かず、結局前にも認定したように原告らの申立による調停(不調に終つた。)を経て、第二次訴訟が提起されたこと、第二次訴訟で成立した裁判上の和解において、前説示のように被告白土の普通建物の所有を目的とする賃借権の存在が確認され、その残存期間が前記の昭和五一年九月一四日と定められたこと、また、和解成立の月からの賃料値上げの合意が成立し、それ以前の分についても清算がなされたこと(右和解で被告白土から原告らに支払うものとして合意された一五万円の金員の性質については従前賃料の差額清算であるか、示談金であるかに争いがあるが、原告らの主張は精算の基礎に重点をおくのに対し、被告らはその効果に重点をおくものであつて、原、被告らは右和解条項第九項において相互に他に債務のないことを相互に確認しているのであるから、いずれにしても本件の判断には影響がない。)が認められる。右に認定した経緯からするならば、和解条項に定められた賃貸期限は第一次訴訟判決の認定を尊重しこれを前提として法律上正当とされる存続期間の満了期を確認したものと認めるのが相当であり、実際上の問題としても、右和解の際、被告白土が本件土地の明渡を約した事実を認めるに足りないから、原告らにおいて期限到来により明渡を受けえられるものと速断したことがあつたとしても、直接にこれを正当事由の存否の判断に斟酌することはできない。

(二)  次に、原告らは、被告が右和解成立後一年余にして期間満了を五年後に控えながら借地条件変更の申立をしたことをもつて信頼関係を失わせる事情に挙げる。しかしながら、同被告が和解成立当時から堅固な建物を建築する計画を持つていたとしても、(1)の事情のもとにおいては、同被告のした申立は借地人としてなしうべき当然の権利の行使に外ならないから、斟酌の対象となしえない。

(三)  また、和解成立後に、原告らにおいて借地条件の明確化と地代増額を申入れた後、被告白土においてこれに応ぜず、警察官を呼び追い返す態度に出たとの点についても、<証拠>によれば、昭和三九年一、二月頃被告白土の自宅で、また同年五、六月頃本件建物で、右の交渉がなされたが双方の態度が冷静さを欠き交渉が円滑に行かず、いずれの場合にも被告側の依頼で現場に来た警察官に説得されて原告信ないしその同伴者が現場を引き揚げた事実を認めることができるが、いずれも第二次訴訟における和解成立前の事件であり、しかも、<証拠>及び口頭弁論の全趣旨によれば、被告側に非があつたわけでないことを認めることができるから、右事実もまた信頼関係を喪失する事情として斟酌するに足りないものというべきである。なお、原告らは、裁判上の和解成立前に、被告白土が公租にも足りない低額の賃料を供託したにとどまつたことが賃借人としての誠実さを欠くものとして非難するが、これまた裁判上の和解成立前の事実であり、むしろ原告らが借地契約の存在を争つて賃料の増額を求めなかつた結果と認められ、反面、和解成立後には賃料の支払につき紛争があつたことを認めるに足りる証拠はないから、この点もまた右と同断であるといわなければならない。

5  期間満了時までの事情変更の見込

本件賃貸借契約の存続期間の満了時期は、昭和五一年九月一四日であるから、本件口頭弁論終結の日(昭和五〇年四月二四日)からなお一年五か月後のことに属する。しかしながら、前記認定の事実関係は、これを<証拠>に徴するときは、右期間満了の日までの間において変更があるとは認められない(借地条件変更の申立との関係は後記のとおりである。)。

6  正当事由の存否

さきにみたとおり、原告信が、昭和五一年の期間満了の頃、直ちに公務員の職を退くことがないとしても、同原告のような中間管理職の立場にある者が早晩退職を余儀なくされることは容易に考えられるところである。そして、同原告の退職後の職業としては医薬品卸販売業を営むことが最も適当であること、それが原告らの年来の希望であることもさきに説示したとおりである。原告らは、本件土地のほかにも土地、建物を所有しており、本件土地が唯一のものではない。他の土地の利用について、例えば、原告喜美子の夫清水武良の協力を得て本件土地の近辺にある9の建物の所在場所に事務所を設け、5の江東区毛利の空地を利用して倉庫を設けて営業するなどの方法も考えられないではないが、清水をして協力せしめることが実際上可能であるかどうかは別論としても、営業上極めて不便であることは前認定のとおりである。このことは他の土地についても同様である反面、原告らが営業上の不利を忍ぶならば、本件土地を使用しなければならないとする絶対的決め手はないのであるが、本件土地の利用についての正当の事由の存否は、当事者双方について居住の問題を考慮することを要しない本件においてはとりわけ、相手方である被告白土及びこれと実質的に同体であるその余の被告らの事情との間で相対的にいずれが優越するかが判断されなければならない。しかるところ、被告白土は現在においで本件建物を自己またはその経営する両被告会社の営業その他に有効に利用しておらず、被告瑞商株式会社の名で行なつているとする鋼材取引の営業の程度についても疑念があることは前認定のとおりである。しかして、同被告は、その所有不動産を除いても、一億円に近い資産を有することや現在営業にかかる鋼材取引の営業の場所は必ずしも本件土地である必要のないことその他さきに認定した諸事情を考慮するときは、同被告が本件土地の借地条件を変更したうえこれにビルデイングを建築して本件土地を利用したい意思を有しているとしても(右借地条件の変更は、本件のように借地権の残存期間が僅少であるときは、現在の状態において契約の更新が認められることを前提としてはじめて認容の余地があるものであるから、契約更新の当否の判断に当たつては、借地条件変更後の事情を強く考慮することは許されないというべきである。)、存続期間の満了の時点においては、原告らと被告ら双方の事情を対比するとき、原告らにおける本件土地使用の必要性の方が被告白土の側におけるそれに比べて優越しているものと認めるのが相当である。なお、<証拠>によれば、現在本件建物を空室にして他に賃貸しないでいるのは、ビル建築の際、明渡を求めるのが困難となることを予想したためであることが認められるが、この事実は、いまだ右の認定判断を左右するものではない。

三以上によれば、原告らには、本件賃貸借の存続期間が満了する際には、契約の更新を拒絶する正当の事由が存在することとなるから、本件賃貸借契約は、昭和五一年九月一四日の経過により賃借権が消滅して終了するものというべきであり、従つて、同日の経過とともに、被告白土に対し本件建物の収去による本件土地の明渡を求め、またその余の被告らに対し本件建物からの退去による本件土地の明渡を求める原告らの請求はいずれも正当としてこれを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。(吉井直昭)

物件目録<略>

原告ら所有不動産目録<略>

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